札幌高等裁判所 昭和25年(う)817号 判決 1951年3月28日
控訴人 被告人 佐々木竹蔵
弁護人 岩沢惣一
検察官 樋口直吉関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審の訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人岩沢惣一の控訴趣意は別紙記載の通りである。
先づ第一点について調査するに、被告人が作成した供述書、又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは一定の条件の下に証拠能力があることは、刑事訴訟法第三百二十二条第一項の規定するところである。又公務員がその職務上証明することができる事実についてその公務員の作成した書面に証拠能力のあることは、同法第三百二十三条第一号に定めるところである。従つてこれ等の書面にして右法条規定の条件を具えるものは、検察官及び被告人がこれを証拠とすることに同意しない場合でも、証拠能力を有するものである。
本件においては控訴趣意に指摘するように、原裁判所が、
1、被告人作成提出の買受始末書
2、被告人作成提出の販売始末書
3、被告人の司法警察員に対する第一、二回供述調書
4、被告人の検察事務官に対する供述調書
5、小樽市役所より回答の被告人身上調書
を検察官の請求により証拠調をするに当り、被告人はこれを証拠とすることに同意した形跡は見えないけれども、記録によれば右1乃至4の書類はいづれも被告人の作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名押印のあるものであつて、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであり、又(5) の書面は公務員がその職務上証明することができる事実についてその公務員の作成したものであることは明らかである。しかも原審第一回公判調書を検討すると右(1) 乃至(4) の書類の内容の供述が、被告人の任意に基いてなされたものであることが調査され、又そうであることが認められるのであるから、以上の書面は刑事訴訟法第三百二十二条第一項及び同法第三百二十三条第一号によりいづれも被告人の同意を要することなくして証拠能力を有するものといはなければならない。従つて原審が、これを被告人の同意なきに拘はらず証拠能力ありとして証拠調を施行し、且つ判決に右のうち(1) 及び(4) を証拠として採用したのは適法であつて、何等所論のような違法はない。
第二点は原判決の量刑が不当であるというのであるけれども、一件記録を調査するも所論援用の諸事情を考慮に容れても原判決の量刑は不当に重いとは考へられない。
よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却し、当審の訴訟費用は同法第百八十一条第一項によりこれを被告人の負担とし、主文の通り判決した。
(裁判長判事 竹村義徹 判事 西田賢次郎 判事 河野力)
弁護人岩沢惣一の控訴趣意
第一点原判決は訴訟手続に法令の違背があつてその違背は判決に影響を及ぼすことが明かである。
原判決が証拠として採つたものは、一、池田貢作成の販売始末書ならびに売明細表、一、被告人作成の買明細表、一、検察官事務取扱検察事務官作成の被告人供述調書、一、原審公廷における被告人の供述である。然るに原審第一回公判調書の記載によれば原判決が証拠として採用取調べ且断罪の資料とした検察官事務取扱請求の前記各証拠書類のすべてに対し、被告人および弁護人は右書類の証拠調について異議はないと述べているだけであつて、これを証拠とすることに同意した旨の記載がない。元来刑事訴訟法上「証拠とすることに同意する」ということと「証拠調に異議がない」ということとはその趣旨も効果も全然別個のものであつて截然区別せらるべきものであるところ、刑事訴訟法第三百二十六条の同意は証拠能力を附与する重要な訴訟行為であるから、それは必ず裁判所に対して積極的に明示された意思表示として為されることを要する。
然るに原審は事ここに出でず、原審公廷立会検察官事務取扱が証拠書類として(ニ)被告人作成提出の買受始末書(買明細表添附)(ホ)同人作成提出の販売始末書(売明細表添附)(ヘ)司法警察員栗原市郎作成の被告人に対する第一回、第二回供述調書(ト)検察官事務取扱検察事務官山中礼三作成の被告人に対する供述調書(チ)小樽市役所より回答の被告人に対する身上調書の取調を請求し事実を各立証すると述べ、被告人および弁護人が単に「右書類の証拠調に異議はない」と述べたのを漫然証拠能力についての同意と認め、これを取調べた上、その中原判決挙示の証拠書類を証拠として採用し、断罪の資料に供したのであるが、右証拠書類を査閲するにそのすべてが刑事訴訟法第三百二十一条以下の規定に従つて証拠能力を取調べた形跡がないから、右はいづれもその証拠能力を認めることができないものであつて、斯る資料を断罪の基礎とした原判決は採証法則に関する訴訟手続に違背があつてその違背は判決に影響を及ぼすこと明かであるから破棄を免れないものと思料する。
第二点原判決は刑の量定が不当である。
原判決は被告人に対し罰金五万円に処したが、この事件の主な動機は被告人が以前飴加工業、ゴム靴の製造販売業を相当手広くやつていたけれども、いずれも事業に失敗して約百万円の債務を負担するようになつたが被告人は何の財産もなく且失職後は全く収入の途を閉され、しかも妻子四人を抱えて日々の生活にも困窮を極めていた許りでなく、就中被告人の妻は長いこと病床に臥つているので、このままにすごすときは家内一同皆倒れるまで切刃つまつて何とか生計の途を図らなければならなくなつていたところ、被告人が折角更生を期して羊羹等の菓子類製造業を始めるべく準備をなし知事から指定工場の指定許可まで受けたにも拘らず、許可後肝心な原料の割当配給なく全く操業不能に立到つたため已むなく本件犯行におよんだものであつて、しかも分密白糖の転売によつて得た利潤も僅かに合計金壱万弐千円に過ぎず、それは全買入価格の五分にも満たない小額である。そうであるから本件に対する被告人の犯情は相当斟酌すべきものがあるのであつて、この犯情の点については原審公廷における被告人の供述、司法警察員栗原市郎作成の被告人に対する第二回供述調書、検察官事務取扱検察事務官山中礼三作成の被告人に対する供述調書等によつて明瞭である。よつてこれらを綜合して考えてみると、原判決が罰金五万円を言渡したのは刑の量定が不当であるから破棄を免れないものと思料する。